~profile~

窯元代表 橋野翠史
窯元代表 橋野翠史

1954年、桜島生まれ。1976年、22歳で窯元 桜岳陶芸を立ち上げる。白薩摩焼から始めたが、火山灰が混じることから発想を転換し現在の桜島焼を完成させる。

父の志を継ぎ陶芸の道に入る。 簡素な作風の中に、自然な素材感を生かした、わびさびを感ずる作品が多い。

  • ●日本舞踊
    (原田琉 桐派の代表 原田 駒聖寿)
  • ●装道の免除を持つ、着物着付の先生
  • ●和の文化を愛し、花を我流で生ける。

窯元代表 橋野翠史

女性だけで運営される工房は、
いつも賑やかで笑い声の
絶えない明るい工房です。

幼いころから体が弱く、屋内で過ごすことが多く、本を読んだり、マンガに色を塗って遊んだり・・・、その時間が想像力を育んだ。盆栽好きだった父親の影響もあり、陶器に興味を持ち、知識は全て独学で身に付けた。
これまで5回の手術を体験、「なぜ自分だけ」と悩む日々もあった。そんな時いつも家族や友人、お客様に励まされた。
いつも元気を与えられる工房でありたい。それが自分を勇気づけてくれた方々への恩返しでもあります。」と365日休みなく工房は開かれている。

桜岳陶芸

銀 彩
~ginsai~

「桜島焼」の中でも、還元で焼き、非常にうまくいった時だけ発する「銀彩」があります。この「銀彩」は技術的に非常に難しいものです。窯の中の陶器の並べ具合、温度の調節、酸素の加減、釉薬の配合がうまく整わないと絶対に出ない銀色の輝きと模様。その成功率は5%にも満たないものです。

  • 桜岳陶芸の銀彩
  • 桜岳陶芸の銀彩の徳利

その時々の条件により、創出される肌の模様と色彩は思い通りにはゆかないが、偶然も重なった時に生まれる銀彩は、正に桜島の噴火口の中でしか生まれないような希有まれな輝きです。使いこなされてゆく中で変化する味わいは他に類がありません。

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